透視の修行が厳しいと言われる本当の理由。

透視の修行は厳しいとよく言われます。

それは、滝行をしたり、1日部屋にこもり瞑想を繰り返したりするから・・・

ではありません!

それは自分と徹底的に向き合っていくからです。

よく、仕事で「うまくいかなかった・・・」
「評価されなかった」「上司が嫌だ・・・」とか、
ついつい愚痴をこぼしてしまったことはありませんか?

この愚痴をこぼして、悲観的になってしまうのは、
自分に対する一種の「甘え」なのです。

なぜなら、そのうまくいっていない状況に、
身を置き、その感情に浸ってしまっているから。
そこから動き、次へ行くことに目を向けられていないからです。

透視を学んでいくと、これらの状況をエネルギーの面から
解決に動かしていくためのスキルを学んでいきます。

そのときに、多くの人が壁にぶつかるのが、
「学んだスキルを使わない」ということなのです。

不思議ですよね。笑

ものごとを好転させられるのに、それを使わない。

そこには「自分はこんな状況で大変だ」「可哀想だ」と
思ってほしい、甘えから離れられないのが原因だったりします。

それらの自分と向き合い、そして、そこから一歩ずつでも前に進んで行く、
その地道さから透視の修行は厳しいと言われています。

それを乗り越えるためのコツは・・・いつかお話しましょう!

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